ドル円は激しい動きに

(序章) ドル円は激しい動きに

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2011年の為替市場において特筆すべきは、ドル/円相場が16年ぶりに史上最安値を更新したにも関わらず、年間の変動率が12%と過去5年間で最低を記録したことである。この数字は、過去にドル/円相場が最安値を更新した1986年(30%)、87年(26%)、95年(24%)と比較しても、歴史的にみて格段に低い数字である。リスクオフの動きによって、積極的に為替リスクを採る投資家が減少したことも一因だ。

 

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2012年の為替市場は、昨年に引き続きユーロ・クライシスが支配することは間違いない。それに関しては、数多くのアナリストがすでに記しているところであるため、本稿では別の角度から論じていきたい。今年のドル/円相場は、昨年とは異なり、ボラティリティ(変動率)の高い動きになる可能性が高いというのが筆者の論旨である。

 

そのトリガー(引き金)となるのは@米国の介入批判A中国元の下落B地政学的なリスクの三大サプライズであろう。結論を先に述べれば2012年のドル/円相場は、70円と90円を共に付ける、すなわち年間変動率が25%程度になるような展開を予想する。

1.米国の介入批判

日本は根本的な手段を講するべき

 

米財務省が2011年12月27日に発表した「国際経済と為替相場に関する議会報告書(米半期為替報告書)」のなかで、わが国が2011年8月以降実施した単独介入を「支持しなかった」と明言したことには驚かされた。

 

その理由として「単独介入が実施された際の為替市場の状況は秩序だった動きをしており、例えば、ドル円相場の変動は、ユーロドル相場より小さかった」と明記されていることに注目に値する。円の実質価値は過去15年間の平均にほぼ等しく、IMF(国際通貨基金)によれば、「円の実質実効為替相場は、経済ファンダメンタルズとほぼ一致している」とも述べられており、「介入を通じた為替操作によって国内の『円高』懸念を抑えるのではなく、日本は国内経済のダイナミズムを強化する根本的かつ徹底的な手段を講じるべきである」と結論付けている。

 

欧米当局者からは暴挙に映った大量介入

 

そもそも、昨年実施された単独介入の金額は歴史的に見ても突出しており、米欧の通貨当局者の神経を逆なでしたことは間違いなかろう。まず、8月4日に実施された円売りドル買い介入は、一日だけで4.5兆円にのばった。さらに10月31日に実施された介入は約8兆円と推察され、その後11月上旬には約1兆円程度の覆面介入が実施された模様である。これまでわが国が一日に実施した介入額の最高は1998年4月10日の2.6兆円であったから、昨年の介入額は、これをはるかに凌駕していたことが分かる。

 

日本の介入額は歴史的に欧米のそれを大きく上回り、しかも日本以外のG7諸国は21世紀に入って単独介入を実施した実績がないため、昨年日本が実施した介入が、欧米当局者の目から見て、いかに暴挙に映ったかは想像に難くない。

 

2011年8月以降の単独介入が、欧米の了解を得られなかった兆候はすでに出ていた。8月の介入に対しては、トリシエECB(欧州中央銀行)総裁(当時)が、8月4日に「欧州中銀の理事会は、こうした介入には常に多国間の合意と決Bが必要という立場を明確にしている。私の知る限り、今回はそうした多国間の決定とは言えない」と苦言を呈した。

 

10月の介入に関しても、米財務省のコリンズ次官補は11月7日に、「日々の為替相場が無秩序な動きや過度な変動になっているとは思わない」と否定的な見解を述べている。そのようななかで、欧米の介入批判に対する日本政府の対応が、より対立を深めた可能性がある。まず、安住財務相は11月11日の参院予算委員会で、「国益を守るために、過度な円高に対して介入した」とかなり刺激的なコメントを残している。

 

さらに12月20日に閣議決定された11年度第4次補正予算には、為替介入の原資となる外為特会の借入金枠について165兆円から195兆円への増額が盛り込まれ、多額な介入を継続する意志が明らかにされた。加えて12月25日に開催された日中首脳会議において、日本が外貨準備を使って中国国債を100億ドル相当購入することが合意されたことも、米財務省を苛立たせた可能性がある。

 

増税路線が「円高アレルギー」を助長

 

いずれにせよ、今回の米半期為替報告書に記載された日本の介入批判は、かつて類まれな強い論調であることは間違いない。例えば、わが国が03年から04年にかけて総額30兆円を超える大規模介入を実施したときでさえ、04年4月の同報告書では、日本の介入を、「ごく一部のみ不胎化された」と評し、理解を示していたほどである。

 

今回の米財務省による分析は、至極真っ当で論破することは容易ではない。筆者が本稿でこれまで述べてきたように、現在の円の価値は一時のようにフェア・バリューから4割も乖離しているわけではなく、円の過大評価は一割に満たない。加えて、野田政権が採用する増税路線は、米財務省の指摘に反し国内経済のダイナミズムを低下せしめ、かつ、さらなる円高を招来し、国内の「円高アレルギー」を助長する公算が高い。

 

米財務省による介入批判は、外国為替市場において、以下の3つのスベキュレーション(思惑)を通じて、円高圧力を増大させる。第一は、わが国の財務省は、介入実施を控えるという思惑である。第二は、介入を実施しても金額や回数が制限されるという思惑。第三に、介入が実施されても、米国財務省からその都度否定的な見解が発せられ、介入が効果を発揮しないという思惑である。

 

円高圧力と大規模介入の可能性

 

以上から、可能性として次のような展開が予想される。@上述の思惑から、円高圧力が増大する。Aこれに対して、大規模介入が繰り返される。Bこの場合、大統領選挙を11月に控え米国による介入批判がエスカレートする。Cその結果、次回の報告書(4月以降に発表)で、日本は「為替操作国」に認定され、日本の介入はいよいよ「禁じ手」となる。このような展開になれば、ドル円相場は非常に荒っぽい値動きの中、急激に下落することとなろう

2.中国元の下落

アジア経済を直撃する欧州の信用収縮

 

ユーロ・クライシスの本質は、物価や生産性上昇率が大きく異なる国家にまたがり単一通貨が導入されていることにあるため、その根本的な解決には、ドイツやフランスといった実質通貨価値が割安な国々から、ギリシャやポルトガル等の割高な国への所得移転が不可欠となる。したがって、ドイツがそれを拒んでいる間は、危機が深刻化し引き続きユーロは下落圧力に晒されることになろう。

 

一方で、危機が欧州金融機関の資本不足問題に進展したため、欧州の銀行の貸し渋りや貸し剥がしにより、欧州ではすでに国内信用の伸びが低下してきている。欧州発のクレジット・クランチは、アジア経済を直撃する公算が高い。

 

中前国際経済研究所の中前忠代表は「2008年末から11年3月末にかけて、欧州の銀行は先進国向け投融資を1.8兆ドル減らしたが、逆に途上国向けは6100億ドル増やした。日本を除く主要アジア10力国向けの投融資残高でみても、欧州の銀行が1.4兆ドルと米国の4500億ドル、日本の3100億ドルに比べて圧倒的に多い」と記している。

 

ユーロ・クライシスのアジアに対するネガティブ・インパクトは、すでに韓国ウォン等の急落を招いているが、人民元相場にもその兆候が表れてきている。上海外国為替市場の人民元相場は、12月15日までにw営業日連続で、中国人民銀行(中央銀行)が午前に発表した取引基準となる中間値(基準値)から値幅制限の下限(ストップ安)となる0.5%まで下落した。

 

大量の資金流出による外貨の売却

 

上述の通り、元相場下落の主因はユーロ・クライシスによる中国からの資金流出である。人民銀行が発表した2011年10月末における同行のバランス・シートによると、外貨建て資産が9月末に比べ893億元減少し、23兆2960億元となった。

 

同行の外貨建て資産減少は2003年12月以来、ほぼ8年ぶりである。人民銀行はこれまで、元相場の上昇を抑制するために、市場から経常収支や資本収支黒字によって流入した余剰外貨を買い上げてきた(元売り介入)結果、同行のバランス・シートにおける外貨資産は恒常的に増加してきた。したがって、人民銀行の外貨資産減少は、経常収支黒字を凌駕する大量の資金流出によって、外貨の売却(元買い介入)を行ったものと考えられる。

 

インフレ懸念の鎮静化と金融緩和への転換

 

インフレ懸念の鎮静化も元相場下落の要因である。中国国家統計局が2011年12月9日に発表した11月の消費者物価(CPI)は、前年比42%の上昇となり、伸び率は4ヵ月連続で鈍化し、2010年9月の同3.6%以来1年2ヵ月ぶりの低水準となった。中国共産党と政府は、12月12〜14日に開催した中央経済工作会議において、政策運営を巡り、一昨年の会議で決めた「物価水準の安定を最重要の位置に置く」との方針を削除した。

 

インフレ懸念の鎮静化を受けて、人民銀行による政策運営はすでに金融緩和に転換していることが、元相場下落の要因につながっている。上述の中央経済工作会議では、金融政策について「経済の状況をみながら適時に適度の微調整を実施する」と明記し、これに先立ち人民銀行は、すでに12月5日に、市中銀行から強制的に預かる資金の比率を示す預金準備率を約3年ぶりに0.5%引き下げた。市場では、同行が2012年1月中にも預金準備率を再び引き下げるとの観測が広がっている。

 

ドル需要の高まりが人民元相場の下落をもたらす

 

さらに元相場下落の要因として、輸出の鈍化があげられる。中国税関総署が、12月10日に発表した11月の貿易統計では、輸出が前年比13.8%の増加となったが、伸び率は3ヵ月連続で鈍化し、春節(旧正月)による特殊要因で落ち込んだ本年2月を除くと、2009年11月以来2年ぶりの低水準となった。

 

ユーロ・クライシスは、欧州景気の後退による輸出鈍化と欧州銀の貸し剥がしを通じて、中国景気を減速させ、インフレ懸念の鎮静化をもたらした結果、人民銀行による政策運営は金融緩和へと転換し、これに加え、資本不足解消のための欧州の金融機関や事業法人による中国からの投資引き上げや、金融市場におけるドル需要の高まりが、人民元相場の下落をもたらしているとみることができる。

 

これに対して、中国当局は12月30日に人民元相場を切り上げ後最高値に誘導することによって、緩やかな元高基調を容認するとのメッセージを送っている。しかし上述の通り、元相場に下落圧力が強まっていることは間違いない。龍谷大学の村瀬哲司教授は、2011年9月以降、需給に基づき自由に値決めされる香港オフショア市場の人民元相場が、人民銀行が値幅を管理する上海市場の国内相場を、大きく元安方向に乖離するようになったことを、「人民元切り上げ期待の後退」と指摘している。

 

1997年のアジア通貨不安の際には、中国元の切り下げ期待が急速に強まり、円相場も主要通貨に対して大幅に下落し、1998年6月には、クリントン米大統領(当時)の訪中を控え、中国の要請を受けて、日米通貨当局がドル売り円買いの協調に踏み切ったことは記憶に新しい。ユーロ・クライシスに端を発した中国元の下落を含めたアジア通貨不安は、ドル/円相場に多大な上昇圧力を与えることになろう。

3.地政学リスク

EUはイランからの原油輸入を全面停止する討議

 

今年の為替相場を考えるうえで、イラン問題と北朝鮮問題という二大地政学的リスクを避けて通ることはできまい。イランの核保有に対して、欧米諸国は経済制裁を強めている。EU(欧州連合)は、イランからの原油輸入を全面停止す討議を進めており、実行されれば原油価格が1バレル=150ドルまで押し上げられるという憶測もある。

 

イラン国営通信によれば、2011年12月27日にラミヒ・イラン第一副大統領が、欧米がイランの原油輸入削減につながる制裁を続ければ、世界への中東原油供給の大動脈であるホルムズ海峡を閉鎖する可能性があるとの見方を示した。さらに2012年1月2田こは、ホルムズ海峡とその周辺で軍事演習を実施中のイラン海軍がミサイル試射を行うなど、イランを巡る地政学的なリスクは明らかに高まっている。

 

北朝鮮の権力継承懸念と「有事のドル売り」

 

金正日総書記死去の一報は、韓国をはじめとするアジアの株式や通貨が急落する等、金融市場に改めて極東リスクの存在を想起した。クリントン米国務長官が指摘した通り、核兵器を保有する北朝鮮における「平和で円滑な権力の継承」への懸念は、極東における地政学的なリスクも、もう一段階引き上げることとなったと市場参加者は認識すべきであろう。

 

1970 〜80年代の東西冷戦下においては、「有事のドル買い」といわれた。当時の紛争のほとんどは米ソの代理戦争であり、ドルが、東側と地理的に隣接する日本の円と西ドイツのマルクに対して買われたことがその主因である。ところが、90年代初めに冷戦終結すると、「有事のドル売り」と呼ばれるようになる。冷戦後、唯一の超大国となった米国は、世界の警察官としての役割を担い、加えて、2001年9月の米国同時多発テロを契機に、米国はテロとの戦争の当者となり、米国の紛争に対する負担増大が顕著となったためである。

 

地政学的なリスクによるボラテイリテイの上昇

 

米国のテロとの戦争終結によって、2012年以降の地政学的なリスクを巡る為替への影響は、新たな局面を迎えたといえる。イランの核問題に端を発する原油価格の上昇は、エネルギー効率が欧米に比べ良好な日本の円にポジティブに働く可能性がある。しかしながら、イランからの原油輸入に多くを依存する日本は、ひとたび禁輸となれば、国内でのエネルギー供給に量的な制約が生じる可能性がある。これは、円安要因であろう。

 

北朝鮮に関するいかなる懸念も、地理的に隣接する日本の円にとっては、ネガティブな材料であろう。イランと北朝鮮を巡る地政学的なリスクは、そのドル/円相場に対するディレクショナル(方向づけ)な影響は非常に読みづらいものの、ボラティリティの上昇に一役買うことは間違いなさそうである。

 

【最新の為替市場(FX)情報】注目された米1月の雇用統計は、失業率が前回の改定値を0.2%下回る8.3%、非農業部門の雇用者数は24万3000人の増加で市場の予想(12−15万人増)を大きく上回った。直後の反応は限定的だったものの、ドルは対円でじりじりと下値を切り上げつつある。今週は、米国で鉱工業生産や住宅着工件数、景気先行指数といった景気指標が相次いで発表されるので、その内容次第ではドルが上値を試すような局面があるかもしれない。その際、チャート上でポイントとなるのは1ドル78円近辺の水準になるだろう。ここを超えて、そしてここで下値を固めることができるかどうかが注目される。この3ヵ月ほどは、一時的に78円を超えても下値を固められないケースが続いている。